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今日に生きる

今月はずいぶんと顧客さまに愛され、お休みを頂く暇もありません。暇なときはほーんとに暇なので、一年を通して、帳尻が合って行くわけでしょう。 

昨日セットを組んでいるときに、左手にとげが刺さったような気がして、右の指先で触れてみるんですが、刺さった場所が特定できない。

今までにはない経験で、目をこらしてみるのですが、今日に至るまで、いっこうに、とげの存在を確認できないでいるのです。

たかが棘、されど棘

ほっておいても大丈夫なものか・・ちょっとナーバスな時期だけに、この棘の存在が、梁の存在のように感じられて仕方ありません

梁と言えば、ちょうど時計を撮影しているので、針の存在について一言

腕時計の文字盤とカバー硝子の中間に位置する針、その薄っぺらな空間を表現する事が、時計の撮影なのですね

文字盤の素材、質感は千差万別。色も様々です。

文字もいろいろ、またその厚みもさまざまです。

針は、時計の動力源に見合った重さのものが使われるようで、デザインも当然使用できる重量の範囲で決められます。

文字盤の中を動く様々な針の魅力も、作った人のきめ細やかな計算と、美的感性と周到な計算の中で生み出されたものなのです。

長針・短針、時間と分秒だけではない、様々な針の用途にも、機能美が生かされているようです。

ほとんど、ミクロの世界をかいま見るとき、日常と違った風景がその中に広がっている事に気がつきます。

針に付いている鋭い傾斜、角度、磨き具合などが、シャープであればあるほど、工芸美としての時計の価値も上がって行くというわけですね。

細部の仕上がりの出来不出来が、ブランドの価値観を支えていると言っても良いでしょう

そして、それを作り出しているのが、人間の手であると言うことに、改めて驚きと、尊敬の念が生じます

でも、手のひらの棘は未だに、刺さったままで・・

七草がゆ

皆さん、お正月は楽しく過ごせましたでしょうか。なんだか忙しさにかまけて、気がついてみるとはや七日。

今日一月七日は「七草粥」の日だそうで、というのもよーくかんがえてみたら、この日に粥を食べた記憶があまりない。

たしかに、正月のおせち料理の食べ過ぎから来る胃のもたれを解消するためには、この辺でおかゆを頂くのは、とっても理にかなっているとは思うのですが、この時代に平安のスローライフをもちだしてみても、果たして共感して頂けるかどうか・・

たしか、小学生の頃だったか、有志を募って「若菜摘み」に出かけた記憶があるのですが、結果を思い出せない。

また、ナズナ=ぺんぺん草、ゴキョウ=母子草と知ったとき、ホントに食べられるのかいな・・と胸の中の別人がしゃべっているのを聞いたものです・・・で、結果としては、覚えていない。

お袋にねだって、八百屋で七草セットを買ってきてもらい、おかゆに入れて食べたような気もするのですが、どーも野生の草木のにおいが浮かんでくるばかりで、しっかりとした伝統の味覚を味わうことなく、大人になってしまったようです

芹(せり)●薺(なずな)=ぺんぺん草●御形(ごきょう)=母子草●はこべら●仏座(ほとめのざ)●菘(すずな)●須々代(すずしろ)=大根

やはり、芹・大根以外は私の大脳皮質の中には平安の心は受け継がれていないようです・・・

あなたは、いかがでしょうか・・

プログを始めました

今日から、プログを始めました。写真について考えてみたいと思いますが、たぶんいろいろなことに興味が広がっていくことでしょう

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